ジークの雑録日誌

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ケンブリッジ学派とローザンヌ学派における学説の相違について

 かつて、ミクロ経済学では市場均衡理論を巡って2つの学派が対立した。アルフレッド・マーシャルが率いた「ケンブリッジ学派」と、レオン・ワルラスが率いた「ローザンヌ学派」である。ケンブリッジ学派は、主として1つの財の市場における価格と需給量の決定を扱う「部分均衡分析」(ただし、部分均衡は注目する財以外をまとめて一つの財として捉え、明示的ではないがその均衡を考えていることになるため、一般均衡分析でもある)が主であり、ローザンヌ学派は、多くの財をふくむ市場全体における価格と需給量の同時決定を扱う「一般均衡分析」が主である。これをワルラス一般均衡理論という。

 ケンブリッジ学派においても一般均衡について考えていないわけではなかった。ケンブリッジ学派が想定する一般均衡とは3つの時間区分とそれに対応する市場の広さの違いによる均衡関係である。最も短期のもので、供給量一定で、これに需要曲線が交わって価格が得られる状態の均衡を「一時的均衡」と呼ぶ。ここで成立する値段が高ければ、資本設備一定の下で生産量を増減させる。こうした適応によって得られた均衡を「短期均衡」という。短期均衡の視点に立つ生産者は、より有利な市場を求める。短期均衡で決まった価格が高ければ、生産者は設備投資を行い、生産量の拡大を図る。このとき生産者は、短期均衡よりもさらに広い視点に立って、何処の地点の工場を立地させるかを考える。こうして資本設備の変化を考慮に入れた条件の下で成立する均衡が、「長期均衡」である。ケンブリッジ学派においては、一時的、短期、長期の中で、一方の均衡が他方の不均衡を生み、その均衡化への動きが、他方の不均衡化を生むような、時間と空間で動く社会を想定している。

 ローザンヌ学派では一般均衡を静的な事象と想定し、ケンブリッジ学派では一般均衡を動的な事象として想定していたということは前述によって自明である。ワルラス一般均衡は、「複数財の相互依存関係に注目して」生産の理論、信用の理論へと拡大するため、方法や視点がケンブリッジ学派と異なる。

 そんなマーシャルとワルラスにも共通点がある。経済現象を数理モデルで記述しようと試みた点である。両者とも優れた数学者だった。経済現象を数理モデル化することで経済学を思想ではなく「科学」として追究したいという考えがあったに違いない。加えて両者とも自由放任主義的経済について懐疑的な見解を示している。

 マーシャルもワルラス一般均衡理論を否定したわけではなく、その成立条件が極めて厳しいものであると考えていたため、ケンブリッジ学派においてワルラス一般均衡理論が主流になることはなかった。ワルラス均衡の存在は、彼の死後半世紀を経て数学的に証明されることになる。マーシャルが望んだ市場均衡の時間区分による分析は市場均衡の動学分析(動学的一般均衡モデル{DSGE})という形で結実する。こうしてマーシャルとワルラスの理論統合がなされたのである。彼らの理論は弟子たちによって動学化され、その妥当性が実証されたのだ。